久しぶりの訪問 [日記]
こんばんは、cherryです。
今月、友人宅にお邪魔する時の事。詳しくはこちら→
友人宅がある路線には、自分が以前住んでいた街があるのです。
そこで、友人宅にお邪魔する前に、以前自分が住んでいた場所を訪ねてみました。
この場所は、自分が社会人一年生になった時、生活を始めた場所。そして、自身2度目の引越し先でした。
そして、この場所で生活し始めて約3ヶ月目に、枇杷が家族になった場所でもあるのです。
1人と1匹、一歩進んではゴチンッとぶつかる。また、立ち上がっては、直につまずく、なんとも危なっかしい1人と1匹の生活を歩んだ場所でした。
駅を降りて、まずビックリ!以前生活していた駅とはがらりと変わり、駅前にはロータリーなんて洒落たものまである。
駅前を少し行くと、ありました!お魚屋さんです。
このお魚屋さんで、実際に魚を買ったことはないのです。じゃあ、何故、こんなに懐かしむか!って。
それは、枇杷のトイレに使う為の発砲スチロールの箱をタダで貰っていたお店だからです。
枇杷が我家の家族になった頃、自分は金銭的に余裕がありませんでした。枇杷が1歳になるまで、枇杷に猫用トイレを買ってあげられなかったのです。そこで、このお魚屋さんで、毎回丁度良い大きさの発泡スチロールを貰っていたのでした。
今思うと、恵まれない枇杷でした(反省)
駅前を通って歩いていくと、以前は、某企業の社宅が今は、お洒落な戸建の販売場所になっていたりする。でも、以前からあったお店も今だに顕在だったりもする。懐かしさと浦島太郎さん状態が入り混じりました。
そして、以前、お世話になった自宅近くのファミマはミニストップに変わっていました。
コンビニを通過して、少し行くと見えました。以前住んでいたアパート。
築13年でしょうかね。
このアパートで、当時、社会人1年生&夜学1年生というダブルライフを始めたのでした。
隣のおじいさんが、良くしてくれて。時々、ご飯のおかずをお裾分けしてもらったり、3件先の家族からは野菜を頂いたりしました。
二重生活は想像以上に大変でしたが、周りの人に随分助けられました。
そして、1人と1匹が初めて供に生活を始めたのは、この小さな8畳一間のアパートでした。
生活がうまく周らないと、枇杷にあたってみたり。
お給料日に、マック&ビールとモンプチで乾杯してみたり。
たまのお刺身を取り合ってみたり。
時に、泣きながらもう少しだけ、この生活を我慢して!絶対に幸せにするから!って枇杷に言ってみたり。
お金はない、昼間は実習っで仕事が出来ない時、深夜から早朝にかけてバイトしたのもこの場所でした。
今思うと、笑いあり、涙ありの賑やかな生活でしたね。
若気の至り?でしょうかね。
周りからは猫を飼う事を反対され、絶対に飼えない!って言われました。
夜学も卒業なんて出来るのかね?ってな具合。
でも、若かったから社会人&夜学生の二重生活が出来たのでしょう。
そして、1人&1匹の2人5脚でどうにか乗り切りました。
思うに枇杷が、自分を引っ張ってくれたのでしょう。
アパートを眺めて、いい思い出ばかりではなかったけれど、でも、気持ち新たにエネルギーを貰いました。
そして、このお店もまだありました。
以前、7年間お付き合いしていた彼と、たまの外食で食べに行った中華屋さんです。
なんせ、お金がなくて、年に1,2回しか行けませんでしたが、2人してお腹いっぱい食べた中華屋さんです。
まだある事に感動しました。一緒に来た相手とは別れてしまいましたがね。
友人宅がこの街の路線になかったら、多分、訪れる事はなかったように思うのです。
これも、何かの縁でしょうかね。
今月、友人宅にお邪魔する時の事。詳しくはこちら→
友人宅がある路線には、自分が以前住んでいた街があるのです。
そこで、友人宅にお邪魔する前に、以前自分が住んでいた場所を訪ねてみました。
この場所は、自分が社会人一年生になった時、生活を始めた場所。そして、自身2度目の引越し先でした。
そして、この場所で生活し始めて約3ヶ月目に、枇杷が家族になった場所でもあるのです。
1人と1匹、一歩進んではゴチンッとぶつかる。また、立ち上がっては、直につまずく、なんとも危なっかしい1人と1匹の生活を歩んだ場所でした。
駅を降りて、まずビックリ!以前生活していた駅とはがらりと変わり、駅前にはロータリーなんて洒落たものまである。
駅前を少し行くと、ありました!お魚屋さんです。
このお魚屋さんで、実際に魚を買ったことはないのです。じゃあ、何故、こんなに懐かしむか!って。
それは、枇杷のトイレに使う為の発砲スチロールの箱をタダで貰っていたお店だからです。
枇杷が我家の家族になった頃、自分は金銭的に余裕がありませんでした。枇杷が1歳になるまで、枇杷に猫用トイレを買ってあげられなかったのです。そこで、このお魚屋さんで、毎回丁度良い大きさの発泡スチロールを貰っていたのでした。
今思うと、恵まれない枇杷でした(反省)
駅前を通って歩いていくと、以前は、某企業の社宅が今は、お洒落な戸建の販売場所になっていたりする。でも、以前からあったお店も今だに顕在だったりもする。懐かしさと浦島太郎さん状態が入り混じりました。
そして、以前、お世話になった自宅近くのファミマはミニストップに変わっていました。
コンビニを通過して、少し行くと見えました。以前住んでいたアパート。
築13年でしょうかね。
このアパートで、当時、社会人1年生&夜学1年生というダブルライフを始めたのでした。
隣のおじいさんが、良くしてくれて。時々、ご飯のおかずをお裾分けしてもらったり、3件先の家族からは野菜を頂いたりしました。
二重生活は想像以上に大変でしたが、周りの人に随分助けられました。
そして、1人と1匹が初めて供に生活を始めたのは、この小さな8畳一間のアパートでした。
生活がうまく周らないと、枇杷にあたってみたり。
お給料日に、マック&ビールとモンプチで乾杯してみたり。
たまのお刺身を取り合ってみたり。
時に、泣きながらもう少しだけ、この生活を我慢して!絶対に幸せにするから!って枇杷に言ってみたり。
お金はない、昼間は実習っで仕事が出来ない時、深夜から早朝にかけてバイトしたのもこの場所でした。
今思うと、笑いあり、涙ありの賑やかな生活でしたね。
若気の至り?でしょうかね。
周りからは猫を飼う事を反対され、絶対に飼えない!って言われました。
夜学も卒業なんて出来るのかね?ってな具合。
でも、若かったから社会人&夜学生の二重生活が出来たのでしょう。
そして、1人&1匹の2人5脚でどうにか乗り切りました。
思うに枇杷が、自分を引っ張ってくれたのでしょう。
アパートを眺めて、いい思い出ばかりではなかったけれど、でも、気持ち新たにエネルギーを貰いました。
そして、このお店もまだありました。
以前、7年間お付き合いしていた彼と、たまの外食で食べに行った中華屋さんです。
なんせ、お金がなくて、年に1,2回しか行けませんでしたが、2人してお腹いっぱい食べた中華屋さんです。
まだある事に感動しました。一緒に来た相手とは別れてしまいましたがね。
友人宅がこの街の路線になかったら、多分、訪れる事はなかったように思うのです。
これも、何かの縁でしょうかね。
「魚七」さん、昔ながらのお魚屋さんという感じで、良い雰囲気ですね。
「焼き魚/うなぎ」という表示も気になりますね。
お総菜屋さんでもあるのでしょうか?
私はかつて住んでいた場所が、神戸、宝塚、札幌と離れていて、
直前に住んでいた場所は2駅先で近所だし、
取りあえず、今度、良くお邪魔していた友人の家が以前あった場所でも散策してみようかと思っています。
by grey (2010-10-02 14:38)
grayさん
魚七さんは、昔ながらのお魚屋さんでしたよ。
気前良くて、何も買わない私に、快く発泡スチロール箱をくれたりしました。
惣菜はなかったような気がしますね。
生活に落ち着いたら、以前住んでいた場所を尋ねてみると、新しい視点でその土地の景色が見えるのかもしれませんね。
by sakubiwa (2010-10-02 20:49)